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『体系漢文』で用いる文法用語のこと・5(目的語と補語)

(内容:数研出版『体系漢文』を執筆するにあたって、文法用語に苦労したことの続篇。目的語と補語について。)

『体系漢文』の改訂版では、「補語」という用語を撤廃したというお話を前エントリーで書きました。
逆を言えば、初版では用いていたということです。
ご利用いただいていた先生方が気づいておられたかどうかわかりませんが、初版では「補語」という用語を二様に用いていました。

「入門編」では、旧態依然として、

主語(何が)+述語(どうする)+補語(何に・どこで・どこから)

という項を設け、その用例として「荘子釣於濮水。」(▼荘子濮水に釣る。▽荘子が濮水で釣りをする。)を示し、

主語(何が)+述語(どうする)+目的語(何を)+補語(何に・どこで・どこから)

という項では、「斉景公問政於孔子。」(▼斉の景公政を孔子に問ふ。▽斉の景公が政治のあり方を孔子に尋ねた。)を示し、さらに、

主語(何が)+述語(どうする)+補語(何に)+目的語(何を)

という項では、「漢王授我上将軍印。」(▼漢王我に上将軍の印を授く。▽漢王は私に上将軍の印を授けてくれた。)を例示しました。
そして、存在を表す文構造は「有」「無」の例を別記しました。
要するに、訓読から構造を説明する従来の手法をそのまま踏襲したのです。

ところが、同じ初版の文法編では、「文の骨組みとなる成分」として、

主語+述語+目的語・補語

とし、それぞれの成分になる主な要素として、「主語」は名詞、「述語」は動詞・形容詞・名詞、「目的語・補語」は名詞としました。

この「目的語・補語」というのは、きちんと読者に伝わったかどうかは別にして、賓語に他ならず、その例として、

・転禍為福。(▽災いを転じて福とする。)

の「禍」「福」を示していました。

別に前置詞句の項を設け、述語に前置される場合と後置される場合の両方を提示していましたから、文法編の「目的語・補語」の中には、前置詞が伴う名詞は含まれていなかったわけです。
もう一言いうならば、少なくとも文法編における「目的語・補語」という曖昧なことばは、書き手の我々からして、実はそのまま賓語であって、目的語と補語という区別に意味を見いだしていなかったということになります。

なにゆえ1冊の書籍の前後で、表記も指す内容も異なるややこしい書き方というか、不親切というか、妙な説明をしたかというと、古典中国語文法で斬り込んでいく姿勢の『体系漢文』ではあっても、まだその段階で学校現場がそれを受容していただける状況であるかどうか判じかねたからでした。

ただはっきり言えることは、初版の「入門編」「句法編」と、「文法編」とでは、漢文の成分に対する考え方が全く異なっていたということです。
すなわち前者は従来の訓読による分類、後者は古典中国語文法に基づく分類だったということです。

それを『体系漢文』改訂版で全面的に補語という用語を撤廃して、「入門編」にあっても賓語の意味で「目的語」という用語を用い得たのは、現場の先生方のご理解あってのことだったと思います。

お気づきになっているかどうか… たとえば改訂版「入門編」の、

主語+述語+目的語+目的語

の項では、双賓文(二重目的語の文)を示すと共に、別に次の文例を示しました。

・将軍起兵江東。(▼将軍兵を江東に起こす。▽将軍は兵を江東で起こした。)

このように前置詞句を伴う例を該当させていません。
(これは「於」の省略という書き方はしましたが、2つ目の目的語として場所目的語(処所賓語)が置かれる例はよく見られるものです。)

また、

主語(何が)+述語(どうする)+目的語(何を・何に・どこで・どこから)

の項では、「~を」と読む目的語と、「~を」と読まない目的語に分け、それぞれ例を示しました。
これは、本当は分ける必要はないのですが、従来の読みによる分類に従っていた人を迷わせずに導くためのものでした。

つまり、改訂版「入門編」の「漢文の構造」で示した成分は、初版がいわば「句法から見た成分」であったのに対し、「文法から見た成分」に変容したわけです。
言い方をかえれば、主語、述語、目的語という用語は、初めて文法用語として位置づけられたということになります。

このことで、それまで喉の奥にひっかかっていたものが取れたような、ほっとした気持ちになりました、やっと怪しげな説明をせずに済むようになったと。


さて、それでは「補語」という用語は意味がないのか?というと、そうではありません。
『体系漢文』改訂版が補語という用語を撤廃したのは、句法による成分「補語」と、文法による成分「補語」の混乱を避けるためでした。

あらためて押さえ直すと、句法による成分「補語」とは、訓読で「~を」と読まず、「~に・~より」などと読む語が該当します。
一方、文法による成分「補語」とは、文法的に述語に後置される修飾成分を指します。
したがって、もし『体系漢文』が「補語」という文法用語を用いれば、書き手が後置修飾成分のつもりで書いているのに、読み手は「~に・~より」などと読む語のことかと誤解する可能性が生まれてしまいます。
拙著『真に理解する漢文法』では、そんなことはお構いなしで、平気で補語という用語を用いていますが、『体系漢文』の場合はそんな杜撰なやり方をするわけにはいきませんでした。

これで、文の根幹をなす、主語、述語(謂語)、目的語(賓語)の3つの成分について、用語の意味を説明したつもりです。
あとは、修飾成分になる、連体修飾語(定語)、前置連用修飾語(状語)、後置修飾語(補語)の3つについて、少し触れておく必要があるのですが、定語についてはそのまま体言を修飾する成分としてご理解いただけるとして、状語と補語の取り扱いについて、『体系漢文』では深く踏み込んではいないものの、次エントリーで触れてみたいと思います。
特に、補語についてはこれまでほとんど説明されていないものになりますので。

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