ユーティリティ

プロフィール

管理者へメール

過去ログ

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

エントリー

「従来」の「来」

(内容:「従来」の「来」の意味と働きについて考察する。)

「所従来」については、前エントリーで臆説を述べましたが、いわゆる「従来」、つまり「今まで・これまで」の意の副詞としての用法については、まだ触れていません。
前エントリーで紹介した『古代汉语虚词词典』(商务印书馆1999)には、

由介词“从”和助词“来”构成。
(介詞“従”と助詞“来”により構成される。)

と説明してあるわけですが、介詞「従」はともかくとして、「来」の字義が問題です。

「来」は「麥(麦)」の象形字で、この点については諸説ほぼ一致しています。
しかし、それがなぜ「来る」という意味を表すのかについては、さまざまな説があるようです。
藤堂明保氏の『漢字語源辞典』(学燈社1965)には、

来の字形を見ると、両わきに実った穂が垂れている。ムギを*mləgと称したのは,おそらく賚ライと同系であり,上から下にたまわる,さずけられるという意味を含んだに違いない。来麰ライボウとは「賜わったムギ」との意味である。上から下へと送られてきた物であるから,やがて先方から当方へと来るという意味を派生した。降来とか出来とかの来には,なおその意味が含まれており,当方の意志とは無関係に,何かが眼前に現われてくることを表す。

と述べてあります。
そもそも『説文解字』の「来」にも、

周所受瑞麦来麰。一来二縫、象芒朿之形。天所来也。故為行来之来。詩曰、詒我来麰。
――周の受くる所の瑞麦来麰なり。一来に二縫あり、芒朿の形に象る。天の来(きた)す所なり。故に行来の来と為す。詩に曰はく、我に来麰を詒(おく)ると。
(周王朝が天から受けためでたい麦、来麰である。一茎に二穂があり、穂のとげにかたどる。天が来すものである。ゆえに行来の来とする。『詩経』に「わが民に来麰をおくる」という。)

してみると、「来」はムギゆえに「来る」の意味を派生したということになるのですが、加藤常賢氏につながる山田勝美・進藤英幸両氏は『漢字字源辞典』(角川学芸出版1995)に、「来」を「麥」(麦)の象形字とした上で、

「くる」という通用義は殷代以来使われているが借用であって、その意味の本字としては金文第三字めにも「逨」が使われている。

と述べており、仮借義としています。
中国の研究でも、仮借とする説が多いようで、本当のところははっきりしません。
どうあれ、「来」が「来る」という意味をもつのは、かなり古くからの用法のようです。
そこからの引申義で、未来、将来などの意味、至る、招くなどの意味も生まれてきたわけですね。

ところで、「来」は動詞「来る」の意味とは別に、賓語の倒置を示す結構助詞的な働きをしたり、語気詞として感嘆や命令、呼びかけの語気を表したり、趨向補語として用いられるなど、さまざまな用法で用いられるのですが、ここで取り上げたいのは、いわゆる「従来」(今まで・これまで)の意で用いられる用法です。

冒頭で引用した『古代汉语虚词词典』では、「来」を助詞としています。
つまり動詞とは扱いを別にしているわけです。
同書に次のように書かれています。

二、“来”附加在某些动词、形容词、时间词、数词等后,表示一种趋向。可仍译为“来”,有时可随上下文义灵活译出。
(“来”はある種の動詞や形容詞、時間詞、数詞等の後に付加して,一種の方向を表す。そのまま“来”と訳してもよく,ある場合は上下の文脈に照らして弾力的に訳してもよい。)

そしてこの項目の中で、

(三)时间词后加“来”,表示某一时间或自某时以后至说话时的一段时间。
(時間詞の後に“来”を加え,ある期間またはある時以降話をしている一定の期間までを表す。)

と述べられています。
この「表示某一时间」というのは、例に挙げられているものをいくつか示せば、

(1)適来飲他酒脯,寧無情乎?(《捜神記・管輅》…原文簡体字
(さきほど彼の酒と肉を食べたのに、情なしというわけにもいかないだろう。)

(2)又及其子祥云:“我唯有一子,死后勿如比来威抑之。”霊太后以其好戯,時加威訓,国珍故以為言。(《北史・胡国珍伝》…原文簡体字
(胡国珍は、さらにその子の祥に言い及んで、「私には一人息子がいるだけです、私の死後今までのようにこの子に圧迫なさらないでください。」と言った。霊太后は戯れを好んで、時に威圧的な教訓を加えたので、国珍はことさらに口にしたのである。)

(3)急呼其子曰:“此曲興自早晩?”其子対曰:“頃来有之。”(隋書・王令言伝)…原文簡体字
(王令言は急いで彼の子を呼び、「この楽曲はいつの頃より生まれたのか。」と言うと、彼の子は「最近です。」と答えた。)

のように、「適」(たった今)、「比」「頃」(近頃)のような時間詞の後に置かれて、一定の期間を表すわけです。
他にも「夜来」(夜間)「今来」(いま)などの形でも用いられます。

いわゆる「従来」は、「自某时以后至说话时的一段时间。」に相当します。

(B)表示某一时间以来。
(ある一時点以降を表す。)

(1)但看古来盛名下,終日坎壈纏其身。(《杜工部集・丹青引贈曹将軍覇》)…原文簡体字
(しかし見たまえ昔から盛んな名声のもと、終日不遇がその身にまとわりつくものだ。)

(2)聞道近来諸子弟,臨池尋已厭家鶏。(《柳河東集・殷賢戯批書後寄劉連州并示孟崙二童》)…原文簡体字
(聞けば最近の子弟達は、書法が家鶏(王羲之)を厭うようになったとのこと。)

(3)爾来又三歳,甘沢不及春。(《王谿生詩集・行次西郊作一百韻》)…原文簡体字
(それ以来さらに三年、恵みの雨が春に降らない。)

(4)不堪有七今成九,傖父年来老更傖。(《誠斎集・早炊商店》)…原文簡体字
((嵇康は)堪えられないものに七つあると言ったが今私は九つもある、野暮な田舎者である私はここ数年来さらに野暮になってきた。)

ある特定の時点を起点としてそれ以降の幅のある期間を表すのがこの「来」の用法です。

「来」は最初にも述べたように「来る」を原義として、その引申義として「至る」という意味が生まれたわけですが、ここまでは動詞としての働きです。
それが「来る・至る」という動詞としてのふるまいが虚化され、動作の方向を表すようになった。
いわゆる趨向補語としての働きが「来」にはあるのですが、それとは別に時間詞や数詞の後に置かれて、ある一定の期間を表したり、特定の時点を起点とする期間を表したりするようになったと思われます。
「――来」の働きは主に副詞として謂語を修飾します。
その意味で、動詞ではなく助詞に分類されるのでしょう。

数学のことはさっぱりわかりませんが、大昔に習ったベクトルという用語を久しぶりに思い出しました。
矢印のある語なのですね、「従来」は。

ページ移動