『史記』「鴻門の会」注解5
『史記』「鴻門の会」注解5■原文(1)
交戟之衛士欲止不内、(2)
樊噲側其盾以撞、(3)
衛士仆地、(4)
噲遂入、(5)
披帷西嚮立、(6)
瞋目視項王、(7)
頭髪上指、目眥尽裂。(8)
項王按剣而跽曰、「(9)
客何為者。」張良曰、「(10)
沛公之参乗樊噲者也。」項王曰、「(11)
壮士、(12)
賜之卮酒。」(13)
則与斗卮酒。噲拝謝、起、(14)
立而飲之。項王曰、「賜之彘肩。」(15)
則与一生彘肩。(16)
樊噲覆其盾於地、(17)
加彘肩上、(18)
抜剣切而啗之。■訓読交戟(かうげき)の衛士(ゑいし)止めて内(い)れざらんと欲するも、樊噲(はんくわい)其の盾を側(そばだ)てて以て撞(つ)き、衛士地に仆(たふ)れ、噲遂(つひ)に入り、帷(ゐ)を披(ひら)き西嚮(せいきやう)して立ち、目を瞋(いか)らせて項王を視(み)るに、頭髪上指して、目眥(もくし)尽(ことごと)く裂く。項王剣を按(あん)じて跽(ひざまづ)きて曰はく、「客(かく)何為(なんす)る者ぞ」と。張良曰はく、「沛公の参乗樊噲なる者なり」と。項王曰はく、「壮士なり、之に卮酒(ししゆ)を賜(たま)へ」と。則ち斗卮酒を与ふ。噲拝謝して、起(た)ち、立ちながらにして之を飲む。項王曰はく、「之に彘肩(ていけん)を賜へ」と。則ち一生(せい)彘肩を与ふ。樊噲其の盾を地に覆(ふ)せ、彘肩を上に加へ、剣を抜き切りて之を啗(くら)ふ。■訳ほこを交える衛兵が(樊噲を)止めて入れないでおこうとしたが、樊噲は彼の盾を傾けて突き、衛兵は地に倒れ、樊噲はそのまま入り、(宴会場の)とばりを開き西向きに立ち、目をむいて項王を見、頭髪が逆立ち、まなじりがすっかり裂けていた。項王は剣に手をかけて、両膝を地につけて身を起こして、「お前は何者か」と言った。張良が、「沛公の参乗の樊噲というものです」と言った。項王は、「意気盛んな男だ、こやつに卮酒を与えよ」と言うと、そこで一斗の卮酒を与えた。樊噲は拝礼して謝し、立ち上がり、立ったままそれを飲んだ。項王が、「こやつに豚の肩肉を与えよ」と言うと、そこで一つの生の肩肉を与えた。樊噲は彼の盾を地に伏せ、肩肉を上にのせ、剣を抜き切ってそれを食べた。■注(1)【交戟之衛士欲止不内】「交戟之衛士」は、戟(長柄の先に戈の刃先を取り付けたもの)を十字に交差して守衛する兵。
「之」は結構助詞。
修飾語と被修飾語(名詞)の間に置かれ、連体修飾の関係を表す。
ここでは本来謂語「交」+賓語「戟」(ほこを交える)という句が、中心語「衛士」を連体修飾することを示す。
ABが謂語+賓語の関係の「AB之C」の形で、BをAするCという意味を表すので、「之」を訳出する必要はない。
「欲止不内」は、樊噲を軍門の前にとどめて、中に入れないでおこうとしたの意。
「欲」は助動詞。動詞を賓語にとって「~しようとする、~したいと思う」という意志や希望を表す。
ここでは「止」と「不内」がその賓語。
つまり「とどめて(中に)入れない」ということをしようとしたのである。
語順を入れ替えて「止欲不内」としても、読みは「止めて内れざらんと欲す」で同じだが、これだと樊噲を止めた上で、中に入れないでおこうとしたという意味になる。
つまり、樊噲は一度止まることになるが、本文はおそらく樊噲は止まってはいまい。
「内」は「納」に通じ、入れるの意。
(2)【樊噲側其盾以撞】「側其盾」は、彼(=樊噲)の盾を横に傾ける。
そのまま盾の腹で押せば押し返されるが、横に傾けることで突き飛ばせるわけだ。
「以」は連詞だが、それで(=傾けた盾で)という介詞の意味を残しているだろう。
この句、日本では後とつなげて「樊噲側其盾以撞衛士仆地」で「樊噲其の盾を側てて以て衛士を撞き地に仆す」と読まれている。それでも解せる。
(3)【衛士仆地】この句読だと、主語「衛士」+謂語「仆」+賓語「地」で、「仆」は自動詞だが、(2)で触れたように、日本では「衛士」を「撞」の賓語として訓じていて、それだと他動詞とみなしたことになる。
(4)【噲遂入】「遂」は、そのままの意。「つひニ」と読むからといって、「とうとう、結局」の意だと思い込んではならない。
副詞として、その意味もあるのだが、前の流れを受けて「そのまま」の意でも多く用いられる。
そもそも「遂」の本義は「豕が逃げる」とも「押しのけて前進する」ともいうが、その引申義が「進む」である。
その義から「そのまま」、さらに物事の完成から「とうとう、結局」という副詞の働きが生まれたものであろう。
(5)【披帷西嚮立】「披帷」は、垂れぎぬを手で開く。
「西嚮」は、2の(2)参照。
「立」を連用修飾する。
樊噲が西向きに立ったのは、いうまでもなく「項王、項伯東嚮坐」に対するもので、項王に対峙するためである。
(6)【瞋目視項王】「瞋目」は、怒りに目をむく。
構造的には謂語「視」を連用修飾する句。
「目をむいて」「目に怒りをこめて」見るのである。
(7)【頭髪上指、目眥尽裂】この句、構造的にはそれぞれが主謂句だが、(4)の「噲遂入」から、主語「噲」の連動文を構成していて、謂語「入」「披」「立」「視」についで、「樊噲」は「頭髪が逆立ち」「まなじりがすっかり裂ける」という主謂謂語になっている。
「頭髪上指」は、頭髪が上向きに指す。逆立つこと。
「上」は、上向きに、上に向けての意の副詞。
「目眥尽裂」は、まなじりがすっかり裂ける。
「尽」は範囲副詞、すべての意。
「頭髪上指」「目眥尽裂」はいずれも誇張表現だが、現実に即して意訳するよりはそのまま解する方が味わいがあってよい。
(8)【項王按剣而跽】主語「項王」+謂語「跽」の構造。「按剣」(剣に手をかける)は、連詞「而」と共に謂語「跽」を連用修飾する。
「剣に手をかけた状態で」の意。
このような用法は1の(3)で述べた。
「跽」は、両膝を地につけて上半身を起こすの意。中国の辞書や史記解釈に従う。
たとえば、韓兆琦『史記箋証』(江西人民出版社2009)は、地にむしろを敷いて座る時、その姿勢は両膝を地につけ、臀部がすねの上を圧迫する。もし臀部が脛から離れると、身体はまっすぐになる、これを「長跪」といい、また「跽」ともいうとする。
日本の教科書や参考書によく「片膝をつく」「立て膝をする」との記載が見られるが、片足が地を踏む状態ではないことになる。
地面に座っていた項王が、身を起こすのである。
「片膝をつく」というのは、おそらく本来正座の「坐」をあぐらをかいた状態と誤解し、それからの自然な動作としての想像であろう。
(9)【客何為者】「客」は客人の意。
外来の者に対する呼びかけの語で、後の部分とのからみからそれほどの敬意はこもらないかもしれない。
「何為者」は、謂語「為」の賓語「何」が疑問代詞であるために倒置された句末に結構助詞「者」が置かれて人を指示する名詞句となる構造。
「何をする」が名詞化した「何をするもの」の意。
したがって主語「客」に対して「何為者」が単独で謂語を構成する判断文。
「客人は何をするものか」から「客人はなにものか」という意味を表す。
やや蔑みを帯びて用いられることもあり、ここもそれ。
「お前は何やつだ」ぐらいに解すると近い。
なお、介詞句「何為」とは意味も構造も異なる。
(10)【沛公之参乗樊噲者也】句全体が判断文の謂語。
主語は「この者は」。あえて書けば「是」。
この句、王叔岷『史記斠証』は、『太平御覧・巻843・飲食部』、『記纂淵海・巻42・性行部』の史記の引用に「者」字を欠くこと、『漢書・樊噲伝』、『資治通鑑・漢紀一』の記述がいずれも「者」字を用いていないことから衍字ではないかとする。
名詞謂語の後に「者」を伴い「―者也」の形をとる。
そう多くはないものの、他に「我越石父者也」(『晏子春秋・内篇雑上』)などの用例も見られる。
この「者」については、太田辰夫『論語文法研究』(「改訂古典中国語文法」汲古書院2002所収)に、
「『者』を名詞のあとに用いることがある。固有名詞あるいは特殊な意味をもつ名詞に用い,そのものが聴き手にとって未知であるかも知れないという判断のもとに言い出すもの,また話し手がその物の存在に不快の感をもっていることをあらわす」
と述べている。
要するに「~というもの」と人物を紹介する働きがあるわけだ。
一方、中国では陳述の語気を表すとする説もある。
たとえば何楽士『古代漢語虚詞詞典』(語文出版社2006)に、「者」と「也」はどちらも語気詞、「者」は陳述の語気、「也」は判断の語気を表し、両者が併せ用いられて慣用フレーズとなり、二つの語気を兼ね判断の語気を主とすると述べているように、各種の虚詞詞典は「者也」で語気詞とみなしている。
つまり「~というもの」という意味ではなく、「者也」で「~である」の意ということになる。
しかし、「者」には語気詞として、「有A者、―」(Aという人がいて、―する)の形で、人物を紹介してポーズをとり、後文を導く働きもあるのだが、この箇所も言い切ってあるとはいえ、「~というものである」と解してはどうだろうか。
(11)【壮士】「壮」は、意気盛んであるさまを表す形容詞。
「士」は、男。
「女」に対する語で、さむらい、武士の意味ではない。
「壮士」で、ますらおの意。
(12)【賜之卮酒】謂語「賜」+賓語「之」+賓語「卮酒」の構造をとる双賓文(二重目的語の文)。
この文のように、謂語が授与(与・予・賜…)、教示(告・教・示・誨…)など意味を表す動詞の場合、謂語+間接賓語(誰に)+直接賓語(何を)の語順をとる。
間接賓語が代詞でなく、たとえば「賜樊噲卮酒」であっても、語順を入れ替えて「賜卮酒樊噲」の形をとることはない。
語順を入れ替えるためには、介詞を用いなければならない。
たとえば「賜卮酒於樊噲」(卮酒を樊噲に賜ふ)、「以卮酒賜樊噲」(卮酒を以て樊噲に賜ふ)と書き換えることができる。
「賜」は、訳しようがないので「与えよ」としたが、格上の者が格下の者に与えるの意の動詞。
(13)【則与斗卮酒】「則」は「そこで」の意。3の(9)で述べた。
前の内容を受けて、後に続ける働きで、前の内容を踏まえれば、こうなると法則の働きで示す。
項王に卮酒を賜えと命じられ、その場合当然のこととして斗卮酒を与えることになるのだ。
「斗卮酒」は、容量1斗の大杯の酒という表現だが、これについては、『史記会注考証』に引用する清の学者李笠の注(『史記訂補』)に「李笠曰、漢書樊噲伝、与下無斗字。卮受四升、不得云斗卮酒。上云賜之卮酒、下云卮酒安足辞。此非泛言可知。斗蓋衍字」(『漢書・樊噲伝』には、「与」の下に「斗」の字がない。卮は四升を受けるので「斗卮酒」とは言えない。上文に「賜之卮酒」といい、下文に「卮酒安足辞」という。これが一般的な表現ではないことがわかる。「斗」はおそらく衍字であろう)とあり、疑義が呈されている。
それに対して、王叔岷『史記斠証』は、『漢書・樊噲伝』や『史記・樊噲伝』に「則与斗卮酒」の句がないことは、「斗」を衍字とする根拠にはならないとし、また、「斗卮酒」は後の「生彘肩」と対をなす表現で、「斗卮」は「大卮」と同じで必ずしも十升を受ける卮ではないとし、二面から李笠の説を退けている。
また、韓兆琦は、当時の一斗は現在の二升に相当するとし、また馬王堆一号墓、三号墓出土の『遣策』(副葬品の目録)に「斗卮」の文字が見られることから、李笠の説を妥当でないとする。(『史記箋証』)
1972年以降の馬王堆漢墓の発掘調査により、大量の副葬品が発見されたが、その漆器の中に巵が含まれ、底に容量が書かれており、斗巵、七升巵、二升巵等が見られた。
韓兆琦の指摘の通り、本文の「斗卮酒」の「斗」は衍字ではなかろう。
(14)【立而飲之】立ったままこれ(=酒)を飲む。
動詞「立」の後に連詞「而」を伴い、連用修飾語として謂語「飲」を修飾する形。
(15)【則与一生彘肩】「則」は(13)に既出。
「一生彘肩」は、ひとかたまりの豚のもも肉。
肩肉とする説もある。
この「生」については、清の梁玉縄が『史記志疑』で、「案、生字疑誤。彘肩不可生食、且此物非進自庖人、即撒自席上、何以生耶。孫侍御云、蓋故以此試之也」(案ずるに、「生」の字は誤りだと疑う。彘肩は生で食べることはできないし、しかもこのものは料理人から進めたものではなく、席上からふるまわれているのに、どうして生であろうか。孫侍御は、わざとこれで彼を試したのだろう)と疑義を呈しており、それに対して王叔岷『史記斠証』は、彘肩は生で食べることはできないが、彼に生の彘肩を与えたのは、その食べにくいのを求めたのであるとして、梁玉縄の説を実際的でないとする。
また、韓兆琦『史記箋証』は、先に「斗卮酒」といい、後に「生彘肩」というのは、司馬遷が勇士の性格を際立たせるために増し加えた表現で、勝手に削るわけにはいかないとし、先の王叔岷の説を紹介する。
さらに、張家英が「生」字を「全」字でなかったかとする説を挙げ、1つの解釈として成り立つとする。(筆者は張家英の記述を直接見られていないが、これに先立つ余行達の「《鴻門宴》注釈商榷」に「生」は「全」の誤写と述べられている。)
そもそも「生彘肩」の表現が疑われるのは、生の豚肉は食べられないこと、また席上に生肉があること自体が不自然であることによる。
そのため先に挙げた以外にも、生煮えの肉とするもの、切ったり味付けをしていない煮えた肉とするもの、食べる前に取り分けておいた肉とするもの、「生」は「勝」の意で肥えた香りよい肉とするもの等、さまざまに論じられている。
いずれが是であるか判断する見識は持ち合わせないが、個人的な感想だけ述べておくと、項王は単に「賜之彘肩」と命じただけであるのに、わざわざ「一生彘肩」を用意したのだとすれば、部下が項王の気持ちを忖度して勝手に行動したことになる。
また、「則与」という以上、すぐさま生肉が準備されたことになるが、宴会場にまるっぽの生肉が用意されているとはとても考えにくい。
やはり何らかの文字異同があったのではと思う。
その点、「生」を「全」の誤写とする説は興味深い。
(16)【樊噲覆其盾於地】主語「樊噲」+謂語「覆」+賓語「其盾」+介詞句「於地」の構造。
介詞句「於地」は補語として、謂語「覆」を後置修飾する。
(17)【加彘肩上】謂語「加」+賓語「彘肩」+賓語「上」の構造。
2つの賓語を伴うが、(12)で述べた双賓文とは異なり、「加彘肩於上」と同じ意味を表す。
したがって介詞「於」の省略ともみなせるが、1の(4)で述べたように、後の賓語が処所賓語(場所を表す賓語)の場合、介詞が省略されることがあるのだ。
「上」は方位詞ではあるが、それに準ずるもの。
(18)【抜剣切而啗之】「切而」は、謂語「啗」の連用修飾句。
連詞「而」には、このような働きもあるのだ。
あるいは、そのまま連動文と考えてもよい。
「樊噲覆其盾於地、加彘肩上、抜剣切而啗之」は、主語「樊噲」に対して、複数の謂語「覆」「加」「抜」「啗」が時間軸で並ぶ連動文。【文の成分および品詞分解】(←クリックしてください)