李漁『十便十宜』詩 注解・「伊園十宜10・宜雨」

(内容:清の劇作家である李漁(李笠翁)の有名な「十便十宜詩」の注解。「宜雨」。)

李漁『十便十宜』詩
10.宜雨(雨によろし)

■原文
小漲新添欲吼灘
漁樵散去野蓑寒
渓山多少空濛色
付与詩人独自看

■書き下し文
小漲(せうちやう)新たに添ふ吼(ほ)えんと欲するの灘(だん)
漁樵(ぎよせう)散去(さんきよ)して野蓑(やさい)寒し
渓山(けいざん)多少空濛(くうもう)の色
詩人に独り自ら看(み)るを付与す

■口語訳
雨で新たに少し水量が増えて吼えようとする早瀬
漁師や木こりは散ってゆき野に打ち捨てられた蓑は冷たげである
谷も山もいくぶんかぼんやりと薄暗く
詩人の私に一人だけで(この光景を)見させてくれる


■注
【小漲】
《少し増えた水量》
「漲」は、水が満ちあふれること。
「小漲新添」は、雨が降って、またさらに川の水かさが増したのである。

【欲吼灘】
《吼えようとする早瀬》
「吼」は、(牛や虎が)ほえる。激しく流れる水の音を喩えたもの。
「灘」は、水が浅く流れの急な瀬のこと。

【漁樵】
《漁師と木こり》

【散去】
《散ってゆく》

【野蓑】
野に打ち捨てられた蓑の意か。あるいは蓑を着た漁師や木こりのことか。前者は雨が降ってきたのに蓑を打ち捨てるというのが矛盾した内容になるのでやや気になる。後者であれば、ことさらに「野」と冠した理由がわからない。用例が見つけられないので、判断しきれず、保留とする。

【空濛】
小雨が降って薄暗いさま、ぼんやりと暗いさま。

【付与詩人独自看】
「付与」は、与える、授ける。授与を表す動詞なので、双賓文の構造をとっている。すなわち、謂語「付与」+人物を表す賓語「詩人」+事物を表す賓語「独自看」の構造になる。
雨が降り出して誰も彼もが帰っていくため、詩人(いうまでもなく作者自身のこと)がたった一人でその光景を味わう機会を与えてくれる(=味わうことができる)と言いたいのである。